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天気の話

ヲタクの世間話的な何か

ユーリ!!!はスポーツものだったよという雑感ポエム

アニメ

※12/8追記ここから※

ごめん10話見たけどやっぱりスポーツもの兼BLだったかもしれん。

※ここまで※

 

ユーリオンアイスを9話まで見て、とてもポエム心を刺激されたので、その勢いで書きました。

あのアニメは「腐向け」「BL」なのか?いや違う、違わないけど違うと思う、という話です。ていうか、どこのジャンルに分類しても、面白いもんは面白いんだから見て見て!という話です。

(ストーリーを横に置いてすら、試し見の価値はあるよね。アニメは動いてなんぼだと思うんだけど、ここぞというシーンの動きの美しさね。スケートシーンはもちろん、9話の月9シーンに「えっ実写かな」って。どこがどうとは説明できないんですけど、マッカチンが2人に前足をかけて尻尾を振っているのを見ながら「実写かな?」って。詳しい人が誰かどこかで説明してくれてるかなあ。あと音楽ね。半端ないよねあの作りこみ。パねぇ~マジパねぇっすわ音楽も全然詳しくないけど。)

 

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視聴前、最初にユーリオンアイスを知った時の認識は「フィギュアスケートもの」だった。その後にどこかで「愛の話だ」という表現を見て、「愛ねぇ…」と半笑いになった。本当に申し訳ございません。7話あたり(遅いね)で納得したのだが、これは確かに愛の話だ。

もう少し省略せずに書くと、フィギュアスケートを題材に、愛をストーリーのテーマにしたワンクールの物語だ。


私はスケオタではないので、オリンピックでやってるなあ程度の知識で書くけれど、フィギュアスケートが、特にジャッジの面で変わったスポーツだなという印象は元々あった。

「速い奴が勝ち」とか「点たくさん取った方が勝ち」というようなシンプルさは無い。テーマを「演じる」完成度を問いながら、同時に4回転のような技術の部分を独立して評価したりする。曲にステップが合ってるかどうかも大事って言ってたね。不思議な競技だ。

たくさんのスケーターの設定を細かく作りこみ、さらにそれを、楽曲や衣装デザインや感情に連動する演技の動き(そう、漫画ではなくアニメでこそ表現できる「動き」での表現、同じキャラクターが同じプログラムを踊る場面で「今日は硬いな」とこちらに心配させるというレベルでの動きの表現!)に落とし込むことで、それでようやくこのスポーツの魅力を十二分に訴えられる、のだろう。

だとしたら前提になる感情を説明しておく必要がある。リンク上の演技や努力のシーンだけでは足りない。ジャンプの凄さやアスリートとしての選手の苦闘を見せるだけなら、アニメにしなくていい。つかそもそもフィクションの物語を作る意味はない。現実の選手を追ってN●Kスペシャルでやったらいい。

 

腐向けの作品があって何が悪いんだと私も思う。男子向けの百合ものがあったっていいし、特に腐向けじゃないけどゲイが出てくる話もあっていい。

ただこのアニメへの「腐向けだろ?」という問いには深読みで「腐媚びだろ?」というニュアンスを感じてしまう。「フィギュアスケートものとしての本筋には必要ないけど腐女子人気を狙ったサービスシーンたっぷりなんだろ?」というニュアンス。

違う。ラブシーン(とあえて書く)はサービスじゃなくてテーマなのだ。ヴィクトルの素っ裸はサービスかもしれないけど。

魔王を倒す旅の途中で美人のお姫様がツンデレしてくるご褒美ラブラブエピソードではなくて、白面の者を倒すにはあの槍と、太陽が必要だよねって話なのだ。獣の槍がどうやってできたのかは語られるべきだ。本筋そのものなんだ。

 

そもそも典型的なBLカテゴリだったら、もっと本編で恋愛の顛末にフォーカスするんじゃないのと思う。(いわゆる「二次創作が書くようなこと」だ。相手のどこをかわいいと思うか、だとか、指が触れて心臓がバクバクする様子だとか。そういうディティール。がっつりと性欲にまつわるエピソードも含んだっていい。)

でも違う。この物語のメインフレームフィギュアスケートだ。スポーツ選手であることは、主人公を説明する属性の一つじゃないのだ。

だってほら、「きのう何食べた?」は料理漫画ジャンル扱いじゃん。

 

そんなわけで、そうだねBLだよと頷きづらい。腐向けだよだからお前はこっちくんな興味ないんだろと言いづらい。強いて言うならスポーツものじゃないかな。すごく真正面からフィギュアスケートに向き合ってる感じするよ。

 

ちっともBLじゃねえよ勘違い乙とも言いづらい。LOVEの話なのは確かだ。ヴィクトルの瞳の輝きはほぼほぼ恋だよね、私もそう思う。セックスしてるわーと思う人がいたって視聴者それぞれの解釈は自由なんだから別にいいんじゃね。私もあるよなって思うよ。

 

そう、解釈は自由と言いつつも、こうだったよ!と訴えたいポイントはある。物語のテーマは愛なんだ。(この1文にポエム成分は含まれておりません。)主人公のプログラムのテーマと同じ。入れ子構造でとてもわかりやすい。

イコンへの憧れ、ライバルとの友情、執着と失恋、兄弟愛、家族への愛、祖国への愛、たくさんのキャラクターが入れ替わり立ち代わり「愛について」のストーリーを抱えて現れる。

勇利は?彼はとびきり分厚い拒絶の殻をまとって「独りで滑る」青年として現れる。愛をもらい続けていても気づいていないし返し方も知らない。

ヴィクトルは?それはもうたくさんの人が言う通り、孤高の皇帝として。内側の読めないイコンとして現れる。愛を放射し続けているけれど求め方を忘れている節がある。

彼らが出会う。一人と一人が出会う。青年の殻は砕かれて、イコンは人間になる。「離れずにそばにいて」欲しい、他の誰でもなくて、あなたが ここに いてほしい という願いが、キーワードとしてそこにある。愛を受け取りたいし、渡したい。あなたが教えたことだから。

 

だから勇利とヴィクトルの関係を、師弟愛とボーイズラブのどちらに解釈したって自由だし、どちらも結局「愛」が付くのだから合っている。「1対1の特別強い好意の結び付き」であれば何だって合ってるのだ。

フィギュアスケートが彼らを繋ぐ。彼らを虜にして人生を燃やさせるスポーツが。選手でいられる時間がとても短いという、スポーツが。

 

トーマの心臓」の話をしたいと思う。

今30代の私が高校生の頃に、既に「古びない名作」扱いになっていた作品。ざっくり言うと、ヨーロッパの男子校(寄宿学校)の中で繰り広げられる愛についての話、でいいんじゃないかな、詳細はWikipediaGoogle先生に聞いたら教えてくれるよ。

高校生で初めて読んだ時の「背徳感が無いという衝撃」を今でも覚えている。少年愛ものだと聞いていたけど、他のBLもので感じたような「同性同士だからこその苦悩」という印象が全然ない。そこは題材でもテーマでも無かったからだろう。少年漫画・青年漫画ばかり読んでいた身には、絵柄や演出に対して「ポエミーだな」とか「おお少女漫画…」と半笑いしてしまう慣れなさはあったけれど、それだけだった。そして物語はとても面白かった。周りに面白かったよと勧めるほど。

あれも愛の話だった。登場人物が少年ばかりなのは必然だった。ユーリオンアイスを見ているとトーマの心臓を思い出す。

 

そんなわけで、このアニメが刺さった私は「腐向けでしょ」「BLでしょ」等と言われたらつい「違うんだ」と思ってしまう。そういう見方だって可能だろうけど違うんだ。あの零れるようなピアノに重なる、エッジが氷を削る音を聞いてくれ。

あれが彼の愛。

不器用で時に独りよがりな黒髪の青年は、心臓を捧げはしない。ただ彼は、彼が受け取った愛と渡したい愛とが確かにここにあると証明するために、競技人生と情熱の全てをかけて、世界の一番高い所で4回転フリップを跳ぼうとしている。

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これ書きながら、ものすっごく今更なことに気づいたんですけど。

1話でヴィクトルが勇利の動画を見ながら、はっと顔を上げるんですよね、あれは、動画の人物とGPFで記念写真を断った選手とが一致した瞬間なのかな?と。

カツキユウリ…カツキ…あの時の6位の彼か!Σ( ゚д゚)って。

いやいきなり日本に押しかけてくるきっかけが、本人談の説明だけだといまいちしっくり来てなかったんですが、記念写真を断られた時のことをヴィクトルも覚えていたというか思い出せていたなら、私としては納得できるんですよね。9話の勇利の「どうして知ってたんだろう」にも繋がるし。

まあでも違うかもしれないです。来期どうしようか悩んでたところにあれを見て、そうだコーチやろう!Σ(  ゚▽ ゚)と天啓を受けただけかもしれない。レジェンドは毎週毎週斜め上だからな…。

 

yurionice.com